英サセックス大学発のユニバーサル・クアンタム(Universal Quantum、以下UQ)が2026年10月8日、シリーズAで1億ドル超の資金調達を発表しました。日本のインテグラル・グローバルテック(Integral GlobalTech)も出資者に名を連ねており、国内ファウンドリや制御機器メーカーにとっても直接の協業接点が生じています。
欧州発の1億ドル調達とDLR先行受注が示す商用化フェーズへの移行
今回の調達は、英国に本社を置く量子コンピュータ関連企業として過去最大規模のシリーズA調達です。リード投資家を務めたシリコンバレーのディープテックVCであるDCVCおよび量子特化型ファンドのファーガン・ベンチャーズ(Firgun Ventures)に加え、シンガポール政府系投資機関のEDBI、日本のIntegral GlobalTech、ロブロックス(Roblox)創業者兼CEOのデイブ・バズッキ(Dave Baszucki)氏、オーストラリアの年金基金ホストプラス(Hostplus)などが資本参加しました。独占財務アドバイザーにはラザード(Lazard, Inc.)が就いています。これにより、創業からの累計調達額は1億2,500万ドルを超えました。
欧州市場では2026年に入り、オックスフォード・クアンタム・サーキッツ(Oxford Quantum Circuits)が3億100万ユーロ、クアントウェア(QuantWare)が1億5,200万ユーロを調達するなど、ハードウェア開発企業への大型投資が相次いでいます。今回のUQの調達(約8,900万ユーロ相当)を含めると、2026年の欧州量子ハードウェア領域への投資総額は8億300万ユーロを超えました。
UQの事業進捗を裏付ける指標として、2022年11月にドイツ航空宇宙センター(DLR)量子コンピューティング・イニシアチブ(DLR QCI)から受注した6,700万ユーロ(約7,700万ドル相当)の大口契約が挙げられます。同社はこの契約に基づき、ハンブルク拠点を中心に最大100量子ビットのマルチチップ機などを4年以内に開発・納入する義務を負っています。多くのハードウェア企業が出荷実績のない段階にとどまる中、UQは公的機関の入札を通じて実機の先行販売枠を確保しています。
| 発表時期 | マイルストーン・出来事 | 内容・技術仕様 |
|---|---|---|
| 2017年 | アーキテクチャの青写真発表 | サセックス大学のチームが大規模イオントラップ機の設計理論を公開 |
| 2018年 | Universal Quantum設立 | サセックス大学からスピンアウトし法人化 |
| 2022年11月 | DLR QCIから6,700万ユーロ受注 | 最大100量子ビットのモジュール型機を納入するプロジェクトを開始 |
| 2023年2月 | チップ間イオン移動の実証 | 成功率99.999993%・毎秒2424リンクの転送性能を学術論文で発表 |
| 2026年10月 | シリーズAで1億ドル超調達 | 累計調達額1億2,500万ドル超。シンガポールや日本を含むグローバル展開加速 |
参考記事: トラップドイオン量子コンピュータの実用化時期は?60論理ビットが切り拓くFTQCロードマップと技術的課題
光インターコネクトを排した「UQ Connect」と70K動作の工学的優位性
実用的な耐障害性量子計算(FTQC)には、量子エラー訂正(QEC)を前提とした数百万規模の物理量子ビットの実装が求められます。これまで有力視されてきた超伝導方式や光結合型イオントラップ方式は、ハードウェアの拡張においてそれぞれ物理的な境界条件に直面していました。
超伝導方式は、ミリケルビン帯(約15mK)を維持する希釈冷凍機内に数万本規模の高周波同軸ケーブルを引き込む必要があり、熱流入と物理的容積の限界がモジュール化を阻みます。一方、イオンキュー(IonQ)やクアンティニュアム(Quantinuum)が追究してきた従来のイオントラップ方式は、真空チャンバー外に配した光ファイバーや光学レンズを用いて光子を媒介させ、チップ間のもつれ生成(Entanglement Swapping)を試みています。しかし、光結合に伴う伝送損失や、ミクロン単位の精密な光学アライメント調整の負荷がスケーリングの障壁となっていました。
UQが採用したコア技術「UQ Connect」は、光子を介在させず、隣接するチップレット間で電場を精密制御してイオン(荷電原子)そのものを直接物理移動(Ion Shuttling)させるアーキテクチャです。同社は2023年2月に『Nature Communications』で発表した実証実験において、チップ間転送成功率99.999993%、毎秒2,424回の接続レートを達成しています。光ファイバーを排除したことで、外部光学系の大幅な簡略化と、物理もつれ生成時の損失低減を両立させました。
| 技術方式 | 代表的プレイヤー | チップ間接続方式 | 動作温度環境 | 製造・実装の主課題 |
|---|---|---|---|---|
| 超伝導回路方式 | IBM、Google | 希釈冷凍機の並列化・3D同軸配線 | 極低温(約15 mK) | 配線の熱流入限界と実装体積 |
| 光結合型イオントラップ | IonQ、Quantinuum | 光インターコネクト(光ファイバー) | 近室温〜極低温 | 光結合効率の低さと光学アライメント |
| 電場移動型イオントラップ | Universal Quantum | 電場によるイオン移動(UQ Connect) | 約70 K(マイルドな極低温) | マイクロ秒精度の多チャンネル電位制御 |
実装環境におけるもう一つの差異は動作温度です。希釈冷凍機を要する超伝導方式とは異なり、UQのハードウェアは約70ケルビン(70 K)で動作します。液体窒素温度(77 K)に近い領域で稼働するため、冷却システムの設備コストとフットプリントを大幅に削減できます。
また、モジュール基板自体をシリコンCMOSやMEMS(微小電気機械システム)プロセスで製造できる設計を採用しています。既存の半導体ファウンドリラインを活用してチップレットを大量生産し、タイルのように平面配置して電場で繋ぐことで、特注の物理実験器具から脱却した産業用パッケージングを可能にしました。
参考記事: 超伝導量子ビットの基礎と最新動向|CTO・投資家が知るべき産業インパクトと将来予測
日本の半導体・実装サプライチェーンが直面する制御基板とコンパイラ需要
UQのアプローチが突きつけた構造的変化は、量子ハードウェア開発の主戦場が量子力学の解明から、マイクロ秒精度の制御回路や分散コンパイラを扱うシステム工学へ移った点にあります。この変化は、日本のエレクトロニクスおよび半導体サプライチェーンに直接波及します。
1. 多チャンネル高速DACおよび制御ASICの需要
チップレット間を跨ぐイオン移動では、移動経路に沿った微細電極の電位をマイクロ秒単位で連続制御する必要があります。数千から数万の電極を低ジッタかつ低ノイズで駆動するためには、多チャンネルの高精度DAC(D/Aコンバータ)や専用ASIC、低消費電力FPGAの集積が不可欠です。ルネサス エレクトロニクスなどの国内半導体ベンダーや車載・産業用高精度アナログ制御技術を持つ企業にとって、極低温(70 K)環境に最適化されたカスタムICの供給は高付加価値な参入領域となります。
2. CMOS/MEMSファウンドリと先進パッケージング
UQ Connectが採用する電場トラップ基板は、既存の半導体微細加工ラインでの製造を前提としています。凸版印刷(TOPPANホールディングス)や大日本印刷(DNP)が持つ微細配線技術、ロームなどのMEMS量産技術、新光電気工業やイビデンが強みを持つフリップチップ接合やマルチチップ・モジュール(MCM)実装技術は、イオンシャトリング用タイリング基板の製造にそのまま転用可能です。希釈冷凍機向け専用部品に比べ、既存の量産設備を流用しやすい点は国内サプライチェーンにとって優位に働きます。
3. トポロジー最適化コンパイラと分散処理ソフトウェア
チップレット構成を採用する場合、量子ゲートの実行順序だけでなく、イオン自体の物理移動に伴うレイテンシを最小化する回路配置問題が生じます。これにはグラフ最適化やリアルタイム分散処理が必要であり、古典ITの分散システム設計や組み込み制御工学の知見が要求されます。物理学専攻者だけでなく、システムソフトウェア技術者が量子開発の中核に参入できる環境が整いつつあります。
国内企業における障壁は、イオントラップ方式のシステムインテグレーションを手がける完成機メーカーが国内にほぼ不在である点です。産業技術総合研究所(産総研)や理化学研究所が推進する国家プロジェクトは超伝導方式やシリコンスピン方式にリソースが集中しており、イオントラップ関連サプライチェーンへの直接的な公的調達枠は限られています。
参考記事: シリコン量子コンピューターの実用化はいつ?日立・インテルのロードマップと技術的課題
モジュール化が再編する量子選定基準への実務的アプローチ
量子ハードウェアの評価軸は、単一チップ上の「物理量子ビット数」を競う段階から、チップ間を跨ぐ「インターコネクトの損失耐性」と「製造プロセスの汎用性」を問う段階へ移行しました。
技術責任者や事業戦略担当者は、以下の具体的な評価軸に基づき、自社の技術資産との接続点を見極める必要があります。
- インターコネクト方式の工学的妥当性の精査
自社で評価・利用を検討しているハードウェアが、光結合(フォトニックリンク)、同軸配線、電場シャトリングのいずれを前提としているかを確認し、配線密度や光学アライメントの限界がロードマップに織り込まれているかを監査する。
- 70K帯動作をターゲットとした周辺コンポーネントの仕様検討
ミリケルビン帯(15 mK)専用の極低温アンプや同軸ケーブルに依存せず、液体窒素近傍(70 K)で動作する低ノイズ・多チャンネル電源ICやMEMS基板について、自社既存製品の温度特性データの収集を開始する。
- 量子・古典ヘテロジニアス制御のソフトウェア評価
量子プロセッサを単体としてではなく、GPUクラスタやFPGAと低遅延で協調動作させるアクセラレータ構成を前提に、トランスパイル遅延を考慮したシステム要件の洗い出しを進める。
UQへの1億ドル投資は、FTQCへの実用解が半導体エコシステムと直結したシステム工学のアプローチによって切り拓かれつつある事実を提示しています。
出典: plus-web3.com
出典: Universal Quantum公式プレスリリース
出典: Quantum Computing Report
出典: Physics World
出典: EU-Startups
