StarkWare(スタークウェア)は2026年10月8日、Starknetをイーサリアム(Ethereum)のレイヤー2から独立したレイヤー1へ転換し、2027年までに完全耐量子ネットワークへ移行する方針を発表しました。金融庁の暗号資産交換業者向けガイドラインやデジタル庁の暗号技術移行ロードマップを参照する国内事業者にとっても、楕円曲線暗号依存からの脱却時期の精査が直結する課題となります。
2027年に向けた主要パブリックチェーンの耐量子移行スケジュール
2026年10月8日、StarkWareの最高経営責任者(CEO)であるEli Ben-Sasson(イーライ・ベン=サッソン)氏は、TOKEN2049での講演内容に触れ、Starknetの「独立L1への転換」と2027年までの完全耐量子化計画を公表しました。同社は2026年6月30日時点で3段階の耐量子ロードマップを示していましたが、イーサリアム側のアップグレード速度に依存していては迅速な暗号刷新が困難になると判断し、自律的なL1への移行へ舵を切りました。この発表を受けてSTRKトークンの価格は急騰し、2026年10月11日時点の7日間上昇率は116.7%を記録しました。
耐量子化を進める動きはStarknetに限りません。主要パブリックチェーンは相次いでプロトコル層への耐量子暗号の実装を開始しています。
| プロジェクト名 | 移行形態 | 採用する耐量子暗号規格 | 進捗と実装タイムライン |
|---|---|---|---|
| Starknet | L2から独立L1へ転換 | BLAKE2、Falcon-512等(計画) | 2027年に完全耐量子化を目標 |
| NEAR Protocol | 既存L1の機能拡張 | ML-DSA-65(FIPS 204) | 2026年7月20日にメインネット(v2.13)実装完了 |
| Sui | 既存L1の機能拡張 | ML-DSA-65、SLH-DSA(FIPS 205) | 2026年8月にロードマップ公表、Address Alias導入 |
| Quantus | 新規耐量子ネイティブL1 | ML-DSA(PoWチェーン) | 2026年9月9日にメインネット稼働、時価総額約3,600万ドル |
| Ethereum | 既存L1の多段階改修 | アカウント抽象化、KZG代替 | 2026年1月にPost-Quantum Security Team設立 |
耐量子化をめぐる議論が急速に加速した直接的な要因は、人工知能(AI)による数学的難問の解明スピードです。OpenAIは2026年10月6日、未公開フロンティアモデルによって作成された722件の数学手稿をGitHubに公開しました。翌10月7日に符号エラー等により3件の取り下げと14件の修正が行われたものの、162件は形式検証言語Leanによって証明が形式化されていました。
これを受け、イーサリアム財団リサーチャーのJustin Drake(ジャスティン・ドレイク)氏は2026年10月7日、AIの急速な進化による署名解読リスクを警告し、業界に「バンカーモード(Bunker Mode)」への移行を呼びかけました。人間とAIエージェントの協調検証プロジェクト「ECDSA.Fail」では、量子コンピュータが楕円曲線署名を解読するために必要な計算リソースの見積もりが86%削減されたデータも提示されています。
参考記事: 耐量子暗号(PQC)とは?CISOが急ぐべき暗号インベントリと2030年への移行ロードマップ
公開鍵露出形態の違いとNIST標準PQC規格の実装課題
パブリックチェーンが量子コンピュータやAIによるアルゴリズム解析に直面した際のリスクは、チェーンのアドレス構造と公開鍵の露出形態によって3つに大別されます。
第一は、アカウントアドレス自体がEd25519公開鍵そのものであるSolana(ソラナ)のようなチェーンです。ユーザーが一度もトランザクションを送信していなくても、公開鍵がチェーン上に常時露出しています。Shor(ショア)のアルゴリズムを効率化した計算手法が確立された場合、事前の待機なしに秘密鍵の導出計算を開始される脆弱性を抱えています。
第二は、ビットコイン(Bitcoin)をはじめとするUTXO(未使用トランザクション出力)モデルのチェーンです。未送金のアドレスは公開鍵のハッシュ値のみを保持しているため、初回送金前は公開鍵自体が秘匿されています。しかし、一度でも送金を行うと公開鍵と署名がチェーン上に公開されます。ビットコインは稼働から17年が経過しており、アドレスを再利用した過去のトランザクションや休眠資産が大量に存在するため、保有者の能動的な移行なしには自動保護が機能しません。
第三は、secp256k1 ECDSA署名を採用するEVM(イーサリアム仮想マシン)系チェーンです。通常のアカウント(EOA)は公開鍵のハッシュ値から生成されるため、受取のみのアドレスは保護されます。ただし、トランザクションを1度でも送信したアクティブなアドレスは、署名から公開鍵が復元可能な状態になります。
各チェーンは米国国立標準技術研究所(NIST)が2024年8月13日に正式承認したFIPS 204(ML-DSA)などの格子暗号規格の導入を進めています。しかし、耐量子暗号の導入にはエンジニアリング上の高いハードルが存在します。
従来の楕円曲線暗号(ECDSA):
[ 署名サイズ: 64バイト ] ── 低通信負荷・高速検証
NIST標準ポスト量子暗号(ML-DSA-65):
[ 署名サイズ: 3,309バイト ] ── 約51倍のデータ量増大、帯域とストレージを圧迫
署名データの急激な肥大化は、ブロックチェーンのブロックサイズ制限やステート肥大化(State Bloat)に直結します。NEAR Protocolは既存アカウントに耐量子Access Keyを追加する方式を採用し、Suiは「Address Alias」機能によってアドレスを変更せずに認証鍵を切り替えるアーキテクチャを設計しました。StarknetがL1転換を選んだ背景には、こうした署名検証のオーバーヘッドを、イーサリアムのブロックスペースの制約を受けずにプロトコル層で直接処理する狙いがあります。
参考記事: ビットコインに対する量子コンピューティングの脅威とは?暗号解読の真実と2030年代への備え
国内暗号資産基盤とカストディ設計への具体的示唆
主要チェーンの動向は、国内のWeb3インフラ事業者や金融機関のデジタルアセット運用に直接的な仕様変更を迫ります。
第一に、暗号資産交換業者が管理するコールドウォレットおよびホットウォレットにおける「アドレス再利用の完全廃止」です。送金実績のあるアドレスに資金を滞留させる運用は、公開鍵がブロックチェーン上に恒久的に露出することを意味します。資金移動が発生するたびに未使用のハッシュ化アドレスへ残高を全額移転する運用フローをAPIレベルで強制する必要があります。
第二に、マルチシグ(多重署名)やMPC(秘密分散技術)を採用するカストディ基盤のアルゴリズム選定です。現在国内の信託銀行や交換業者が採用するカストディソリューションの多くは、ECDSAまたはEd25519を前提に設計されています。NIST FIPS 204(ML-DSA)に準拠したライブラリへの置換を進める場合、署名データ量の増加に伴うネットワーク手数料(Gas代)の上昇と、トランザクション署名デバイス側のメモリ制約を再評価しなければなりません。
第三に、スマートコントラクトウォレットによるアカウント抽象化(ERC-4337等)の検証です。プロトコル自体のハードフォークを待つことなく、ユーザー側で検証ロジックを耐量子署名アルゴリズムへ切り替えられる機構をあらかじめ組み込んでおくことが、システム改修リスクを最小化する現実的な防御策となります。
システム管理者が着手すべき移行準備
耐量子化の議論は、数理モデルの理論的研究からメインネットへの実装競争へと移行しました。暗号資産を取り扱うシステム基盤の管理者は、次の3点から準備を進める必要があります。
- 保有アドレスの公開鍵露出状況の監査
自社が管理するすべてのウォレットアドレスを走査し、過去に1度でも出金トランザクションを発行したアドレスを特定します。残高が存在する場合は、未使用の新規アドレスを生成して資金を集約するスクリプトを整備します。
- ウォレット基盤における暗号アジリティ(Crypto-Agility)の確保
将来的なML-DSA-65やSLH-DSAの導入に備え、署名生成・検証モジュールをカプセル化し、基幹データベースの署名格納カラムのサイズ拡張(従来の数十倍規模)を前もって考慮した設計へ変更します。
- 採用パブリックチェーンの耐量子ロードマップの追跡
基盤として採用しているブロックチェーンが、プロトコル層でどのような移行経路(ハードフォーク、新鍵タイプの追加、L1転換など)を提示しているかを定期監査項目に設定し、仕様変更に伴うクライアントノードのアップデート計画を策定します。
出典: PANews
出典: Retraction Watch
出典: ForkLog
出典: Unchained
出典: The Defiant
