フランスの量子コンピュータ開発企業パスカル(Pasqal)とLGグループのITサービス企業LG CNSは2026年9月10日、中性原子量子プロセッサを商用AIデータセンターへ統合する3年間の基本合意書(MOU)を締結しました。さくらインターネットなどが進める国内の大規模AIデータセンター整備においても、GPUクラスタの電力制約を打破するコプロセッサとしてのQPU混載設計が現実的な比較検討フェーズに入ります。
首脳会談を機に進むPasqalとLG CNSの商用DC統合
2026年9月、パリで開催された仏韓首脳会談に合わせて、PasqalとLG CNSは戦略的提携を発表しました。本提携は、韓国およびアジア太平洋(APAC)地域に展開するLG CNSの商用AIデータセンター基盤や「AIハウス」環境へ、Pasqalの中性原子量子プロセッシングユニット(QPU)を直接組み込むことを目的としています。
Pasqalは2026年8月28日に米ナスダック市場(ティッカー:PSQL)への上場を果たし、約3億6,000万ドルの手元現金を確保しました。LGグループ傘下のLGエレクトロニクス(LG Electronics)は過去4年間にわたりPasqalへの出資を継続しており、今回の合意は長年の資本・技術関係を実インフラへ落とし込む動きとなります。
調印に先立ち、LG CNSでデータセンター事業部門を統括する副社長のHeon Hyeock Cho氏がフランス・パレゾーにあるPasqalの製造拠点を視察しました。首脳会談の場ではAI・量子・先端エネルギー分野の二国間協力が確認され、両社の協業はその民間実装案件の1つに位置づけられています。
| 項目 | Pasqalの公表実績・指標 |
|---|---|
| 上場市場・ティッカー | NASDAQ: PSQL |
| 確保資金規模 | 約3億6,000万ドル(上場時利用可能資金) |
| 商用配備実績国 | 4カ国(仏、伊、サウジアラビア、カナダ) |
| システム稼働・製造数 | 稼働中7台、製造中3台(2026年9月時点) |
Pasqalはすでに2026年5月、サウジアラムコ(Saudi Aramco)へ量子コンピュータを納入し、中東初となる商用QCaaS(Quantum Computing as a Service)プラットフォームを稼働させています。また、韓国市場に対しては2025年後半から2029年にかけて5,200万ドルを投資する計画を公表しており、アジア地域での足場固めを急ピッチで進めています。
参考記事: オラクルとQuantinuum、クラウド量子コンピューティング提供で複数年契約を締結
中性原子方式QPUがAIデータセンターで選ばれる技術的条件
AIデータセンターへの量子プロセッサ統合において、最大の障壁となってきたのが物理的な実装環境です。超伝導方式の量子プロセッサは絶対零度近く(ミリケルビン帯)まで冷却する大型の希釈冷凍機を必要とし、一般的なデータセンタールームへの設置には床耐荷重や配管、極低温維持の電力が課題となっていました。
これに対し、Pasqalが採用する中性原子方式は、光ピンセット(レーザートラップ)によって真空セル内の原子を空間的に捕捉・制御します。量子ビットそのものは室温環境の真空チェンバー内に保持できるため、極低温冷凍機への依存度を抑えられ、標準的なサーバールームのラックスペースに収容しやすい物理特性を備えています。
[従来のクラウド型PoC]
ユーザー ──(パブリッククラウド経由: 数十〜数百ms遅延)──> 外部QPU設備
[データセンター内直結ハイブリッド]
AIクラスタ (GPU) ──(PCIe / NVLink等: マイクロ秒遅延)──> 中性原子QPU
商用AIインフラでQPUを機能させるには、API経由のクラウド接続ではなく、同一データセンター内での密結合運用が不可欠です。大規模言語モデル(LLM)の推論や強化学習、複雑なシミュレーションにおいて、GPUクラスタが担当するテンソル演算と、QPUが得意とする組み合わせ最適化やサンプリング処理をマイクロ秒単位で相互連携させる必要があります。
LG CNSの「AIハウス」環境への統合検証は、中性原子QPUが商用電源・空調設備のもとで連続稼働し、古典AIワークロードのアクセラレータとして計算ジョブを滞りなく処理できるかを実証する段階に入ったことを示しています。
参考記事: Pasqalの中性原子量子コンピュータはいつ量産化されるか?オンチップ化の仕組みとFTQCロードマップ
国内データセンター事業者と産業界が直面する設計課題
今回の仏韓の取り組みは、日本国内のデータセンター事業者やハードウェア調達戦略に対しても具体的な検討課題を突きつけています。経済産業省による「AIデータセンター整備支援」などを通じて国内各所でギガワット規模の電力確保が争奪戦となるなか、GPU単体への電力集中は施設全体の受電容量の上限に直面しています。
特定タスクを電力消費効率の高いQPUへオフロードするヘテロジニアス(異種混載)構成は、消費電力あたりの計算性能を向上させる有力な手段となります。しかし、国内インフラへ実装するためには3つの条件をクリアしなければなりません。
- ファシリティ要件の再設計: レーザー光源や光学系コンポーネントの耐震・防振設計、安定した電源供給ラインの確保
- 低遅延インターコネクトの確立: GPUサーバーラックとQPUエンクロージャを直結する通信プロトコルと制御ミドルウェアの実装
- セキュリティと運用の標準化: 金融機関や製造業の機密データを自社管理下で処理するためのオンプレミス型ハイブリッド運用基準の策定
日本の通信キャリアや独立系データセンター事業者は、API連携によるサービス提供にとどまらず、コロケーション区画へのQPU受入基準を設備仕様レベルで策定する段階を迎えています。
参考記事: 【2027年FTQC実用化】Infleqtion『Sqale』とNVIDIA NVQLinkがもたらす量子・GPU密結合の全貌
次期インフラ選定に向けた検証手順
海外で商用DCへのQPU組み込みが具体化した現在、国内の技術責任者およびインフラ設計者は以下のステップで検証を進めることが求められます。
- 計算負荷プロファイルの仕分け
自社のAIワークロードのうち、GPUの力任せな計算よりも組合せ最適化アルゴリズムや量子サンプリングへの置き換えで消費電力を削減できる領域を特定する。
- データセンター受入仕様の策定
次世代ファシリティにおいて、従来の19インチラック仕様に加え、中性原子方式をはじめとする量子ハードウェアの設置に必要な床荷重、振動許容値、冷却排気設計の技術要件を整理する。
- ハイブリッド実行基盤のPoC環境確保
LG CNSが展開するAPAC向けハイブリッド環境や、国内クラウド事業者の検証基盤を活用し、古典AIフレームワークとQPU間の通信レイテンシが推論スループットに与える実測データを取得する。
量子技術は研究部門の実験対象から、データセンターのPUE(電力使用効率)と計算効率を決定づけるハードウェア選定の枠組みへ移行しています。
出典: QUANTUM BUSINESS MAGAZINE
出典: GlobeNewswire
出典: Pasqal Newsroom
出典: Ogier
