産業用設計AIを開発する中国の設序科技(Design Order)は、シリーズBラウンドで1億元(約23億円)超の資金調達を完了し、2026年通期の契約額が2億元に達する見通しとなった。従来のCADやCAEによる反復的な手動作業を統合し、成果物そのものを直接提供する「RaaS」モデルの台頭は、すり合わせ設計を強みとしてきた日本の製造プロセスに新たな開発手法の選択肢を突きつけている。
設序科技の調達と欧州・アジア展開の加速
中国・天津に本社を置く設序科技は2020年8月、同済大学で先進製造を専攻した呉泳栄(Wu Yongrong)博士らによって設立された。同社はハードウェア開発における設計、シミュレーション、製造図面作成のプロセスを自律処理するAIエージェント「則形AI(ZeXing AI)」を展開している。
今回のシリーズBラウンドは深圳新産投私募股権基金管理や合鼎共投資が主導し、既存株主の涌鏵投資(Yonghua Capital)などが追加出資した。これにより同社の累計調達額は3億元(約69億円)を突破している。
【設序科技(Design Order)の資金調達および事業展開の歩み】
・2020年08月:天津設序科技有限公司を設立
・2021年07月:Pre-Aラウンドを実施(SIG主導)
・2022年02月:シリーズAで1億元超を調達(バイトダンス主導)
・2024年05月:シリーズA+で約1億元を調達(アメーバ・キャピタル、涌鏵投資、聯想創投等)
・2024年12月:戦略ラウンドで中芯聚源から3000万元を調達
・2025年10月:Pre-Bで数千万元を調達(涌鏵投資、広発信徳)
・2026年04月:製品ブランドを「閃設」から「則形AI」へ統合刷新
・2026年06月:新世代3D機械設計エージェント「則形3D」の内測を開始
・2026年07月:シリーズBで1億元超を調達、欧州(ドイツ)市場へ参入
・2027年予定:日本、韓国、東南アジア市場への展開を本格化
設序科技の2026年上半期の契約額は前年同期比で約70%増加した。年間契約額は前年比でほぼ倍増となる2億元(約46億円)規模を見込む。
同社の顧客基盤には、中国自動車大手の東風汽車(Dongfeng Motor)やバス製造最大手の宇通客車(Yutong Bus)、鉄道車両大手の中国中車(CRRC)、自動車工場エンジニアリングを手掛ける中汽工程(China Automobile Industrial Engineering)などが名を連ねる。適用領域は自動車や電子機器、エネルギー設備だけでなく、宇宙産業やフィジカルAIのハードウェア開発へと広がっている。
市場展開においては、2026年を海外進出の初年度と位置づけ、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)等に準拠した上でドイツ市場へ進出を果たした。2026年下半期には欧州内で約10社の新規顧客獲得を目指しており、2027年には日本、韓国、東南アジア市場への展開を計画している。
| 指標・項目 | 実績・計画数値 | 補足情報 |
|---|---|---|
| シリーズB調達額 | 1億元超(約23億円) | 深圳新産投、合鼎共投資、涌鏵投資などが出資 |
| 累計資金調達額 | 3億元超(約69億円) | 設立(2020年)から約6年での累計額 |
| 2026年上半期契約額 | 前年同期比約70%増 | 自動車・重工業分野での大型案件獲得が牽引 |
| 2026年通期予想契約額 | 約2億元(約46億円) | 前年実績からほぼ倍増のペースで拡大 |
| RaaSモデルの売上構成比 | 約33%(売上の3分の1) | ツールライセンスではなく設計成果物課金 |
| 海外進出ロードマップ | 2026年独進出、2027年日韓東南アジア | 2026年下半期に欧州で約10社の獲得を目標 |
設序科技の成長を支えている構造的要因の一つが、ソフトウェア利用料(SaaS)に依存しない「RaaS(Result as a Service)」モデルの確立である。売上高の約3分の1を占めるRaaSモデルでは、顧客は設計ツールのライセンスを購入するのではなく、AIエージェントが生成・検証した完成図面やBOM(部品表)などの「設計成果物」に対して対価を支払う。
従来の製造業では、高額なCAD/CAEライセンスを購入した上で、高度な専門知識を持つシミュレーション専任者を社内に確保するか、外部のエンジニアリング会社へ高単価で外注する必要があった。RaaSモデルはソフトウェアの習得期間や専任技術者の人件費を圧縮し、設計調達のリードタイムを短縮する手段として採用されている。
「則形AI」が実現する設計・検証・製造の統合メカニズム
ハードウェア開発の現場では、外形や機構を決定する「形状設計」、強度や熱分布を解析する「物理解析」、工作機械での加工性を担保する「製造可能性判断」が個別の専門領域として分断されてきた。設計者はCADで図面を引き、解析部門がCAEで物理検証を行い、問題が見つかればCADに戻って再設計を行う。この反復プロセスが、開発期間とコストの大きな要因となっていた。
中国の工業年産総額において、設計・シミュレーション・工程計画にかかるコストは全体の5〜10%を占めており、関連する市場規模は2兆元(自動車装備・部品分野単体でも2000億元規模)に達する。設序科技は、この分断されたワークフローを3つのAIモジュールで統合した。
【則形AIのエージェント処理フロー】
1. 形状設計AI(Generative Geometry)
・自然言語要件や拘束条件から3D CADモデルを自動生成
・過去の構造データと幾何学ルールに基づきパラメトリックに形状定義
↓
2. 物理AI(Physics-Informed Surrogate Model)
・構造強度、剛性、放熱、流体、磁場などの物理特性を高速計算
・AIサロゲートモデルにより、従来の有限要素法(FEM)解析を秒単位に短縮
↓
3. 製造AI(Design for Manufacturing: DFM)
・工作機械の加工限界、干渉チェック、公差の成立性を自動判定
・現場加工用2D製造図面(公差・注記入り)および部品表(BOM)を自動出力
第一のステップである「形状設計AI」は、要求仕様や空間的拘束条件を入力情報として受け取り、最適な3D幾何構造を自動生成する。
第二のステップである「物理AI」では、生成された構造に対して強度、剛性、熱伝導、流体抵抗、電磁場などの物理特性を瞬時に検証する。従来の有限要素法(FEM)や流体解析(CFD)は高精細なメッシュ生成と長時間の数値計算を必要としたが、則形AIは物理法則を組み込んだニューラルネットワーク(物理情報統合ニューラルネットワーク等)によるAIサロゲートモデルを採用している。これにより、解析精度を実用域に保ちながら計算時間を短縮し、形状生成と物理解析のリアルタイムな相互フィードバックを実現した。
第三のステップを担う「製造AI」は、製造性考慮設計(DFM: Design for Manufacturing)のルールセットに基づき、プレス、鋳造、切削、溶接などの各工法に応じた加工実現性を検証する。検証を通過したモデルに対してのみ、現場の工作機械や作業者が直接利用できる幾何公差や表面粗さ注記を含んだ2D製造図面を出力する。
| 開発工程・タスク | 従来のエンジニアリング(手動) | 則形AI(自律型AIエージェント) | 削減率・効率化倍率 |
|---|---|---|---|
| 治具・部品の3D設計 | 約50時間(手動モデリング) | 約5分(要件入力から自動生成) | 約99.8%削減(600倍高速化) |
| 2D製造図面作成(出図) | 約30時間(寸法・公差配置) | 約5分(DFM検証済み図面の出力) | 約99.7%削減(360倍高速化) |
| 部品表(BOM)生成 | 約2時間(手作業での集計照合) | 約1分(属性情報から自動抽出) | 約99.2%削減(120倍高速化) |
| 物理解析(強度・熱等) | 数時間〜数日(メッシュ・計算) | 数秒〜数分(物理AIサロゲート) | リアルタイム反復検証が可能 |
自律型AIが工学的な判断を代替していく背景やメカニズムについては、AIエージェントの基本構造と自律型AIの仕組みでも解説した通り、ツールの操作者から意思決定を支援・代行するエージェントへの移行が急速に進んでいる。
自動車治具設計の検証データでは、従来50時間を要していた3D設計が約5分に短縮され、30時間を要していた2D図面出力も約5分で完了した。数分間で100枚規模の整合した図面群を生成できる計算能力は、新車の開発サイクル短縮を目指す自動車OEMにとって大きな武器となる。
製造現場の後工程における自動化技術については、製造AI「TTMC」による切削加工自動化が示すように工作機械側の自律化が進んでいるが、設序科技の技術は製造の前段にあたる設計・製図フェーズの完全自動化を狙うものである。
物理世界をシミュレーション上で高精度に再現・学習するアプローチは、物理AI実用化に向けた技術的条件や、FoxconnとNVIDIAによるAIサーバー製造のデジタルツイン環境とも軌を一にしている。
設序科技の呉泳栄CEOは、産業用AIの進化について「産業用世界モデルのブレイクスルーには今後3〜5年のデータ蓄積が必要である。AIは定型業務を代替するが、コスト、性能、公差の複雑なトレードオフを最終判断するのはエンジニアの役割である」と指摘している。AIエージェントはエンジニアの仕事を奪うのではなく、反復作業から解放して高度なシステム判断に集中させる基盤として位置づけられている。
日本の製造業への影響と求められる工学知見の構造化
設序科技が推進する設計自動化とRaaSモデルの台頭は、日本の製造業が長年競争力の源泉としてきた「職人技によるすり合わせ」や「下請け設計エコシステム」に対して、構造的な問いを投げかけている。
日本の自動車産業および重工業サプライチェーンでは、上位OEMからの仕様変更要求に対し、Tier1・Tier2サプライヤーが手作業で図面を引き直し、経験則に基づいて公差を微調整することで高い品質を維持してきた。しかし、中国勢がAIエージェントを用いて数分で物理検証済みの図面を数十〜数百パターン出力し、コストと性能の最適解を即座に提示できる体制を整えた場合、従来の工数を前提とした見積もり構造や開発リードタイムは国際市場で競争力を失うリスクがある。
【日本の製造サプライチェーンが直面する構造変化】
[従来の開発モデル]
OEMの仕様変更要求
↓ (数日〜数週間の伝達)
Tier1サプライヤー:手動でCAD修正・CAE解析
↓ (手作業での図面渡し)
Tier2加工メーカー:加工性確認・公差調整
※開発サイクル:数ヶ月〜数年単位 / コスト構造:人月積算
[AIエージェント統合モデル]
OEMの仕様変更要求
↓ (パラメータ直接入力)
則形AIなどの産業AIエージェント
├─ 形状設計AI(最適構造生成)
├─ 物理AI(強度・熱・流体の即時計算)
└─ 製造AI(工作機械の加工限界を自動照合)
↓ (数分〜数時間でDFM成立済み図面群を出力)
スマートファクトリー・自律加工機での即時生産
※開発サイクル:数日〜数週間単位 / コスト構造:成果物(RaaS)課金
2027年に計画されている設序科技の日本市場参入を見据え、国内企業が取り組むべき課題は、属人化している工学知見のデータ化とモデル化である。
第一に、過去数十年にわたり蓄積された設計データ、不具合履歴、加工現場のノウハウを、AIが解釈可能なルールセットや学習データとして再構築することが急務となる。日本の強みである高品質な加工限界データ(切削抵抗、金型の摩耗特性、熱変形データなど)は、製造AIの精度を高める学習リソースとなる。
日本の現場力を活かしたフィジカルAIやスマートファクトリーの推進論点については、フィジカルAIにおける日本の勝ち筋やスマートファクトリー導入ロードマップでも触れられているが、設計と製造現場のデータをいかに双方向で結びつけるかが鍵となる。
第二に、エンジニアリング業務の評価軸を「工数(人月)」から「創出価値(ROI)」へと転換する必要がある。RaaSモデルが普及すると、図面1枚の作成に費やした時間ではなく、提示された設計案の軽量化率、製造コスト削減額、物理特性の達成度といった「成果物の品質」に対して対価が支払われるようになる。日本のエンジニアリング受託企業やCAD販社は、自らAIエージェントを組み込んだ高付加価値な成果物提供型ビジネスへの転換を迫られる。
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技術責任者・事業責任者が着手すべきアクション
ハードウェア開発の自動化が現実味を帯びる中、製造業の技術責任者および事業開発部門は、AIエージェントの受容に向けた社内環境の整備を段階的に進める必要がある。
- 設計・製造データの棚卸しと構造化
社内に散在する過去の3D CADデータ、2D図面、CAE解析ログ、製造現場での設計変更(赤ペン修正)履歴を収集し、機械学習に耐えうるメタデータ(材質、加工条件、公差、コスト)を付与したデータレイクを構築する。
- 特定部品・治具を対象とした設計AIのPoC検証
全体の開発プロセスを一気に刷新するのではなく、治具設計や標準ブラケット、ヒートシンクなど、設計ルールと物理制約が明確な領域を特定し、AIによる自動設計ツールの精度検証を実施する。
- 成果物課金(RaaS)を見据えた外注・調達モデルの見直し
外部の設計請負先との契約形態について、従来の人月精算方式から、納期短縮や軽量化成果に応じた成果報酬型契約への移行可能性を検討し、調達コストの最適化を図る。
ハードウェア開発におけるAIエージェントの適用は、製図や計算作業の自動化にとどまらず、開発期間そのものをソフトウェア並みのイテレーション速度へと引き上げる。蓄積された工学知見をAIモデルとして資産化し、自律型システムを活用できる開発体制を構築することが、今後の製造業における競争力を左右する。
出典: 36Kr Japan
出典: 36Kr
出典: 設序科技 公式サイト
出典: 聯想創投(Lenovo Capital)
出典: Dealroom
