Qoro Quantum(コロ・クオンタム)は2026年11月4日、PythonフレームワークからNVIDIA製GPUへ処理を分散するクラウド環境を一般提供した。理化学研究所や富士通が主導する国内量子プラットフォームの利用現場において、高額な実機マシンタイムを代替する検証手段となる。
Divi統合によるGPUシミュレーション環境の公開経緯と測定値
量子ソフトウェア開発を手がける英国のQoro Quantumは、クラスタ管理を不要とするマネージドHPC基盤の一般提供を開始した。同社のPythonフレームワーク「Divi(qoro-divi)」から、遠隔のNVIDIA A10GおよびT4 GPUクラスタへ回路計算を直接ディスパッチできる。
本公開に至るまで、同社は段階的に計算基盤を拡張してきた。2024年9月に欧州の量子産業ネットワーク「QBN(Quantum Business Network)」へ参画した。2026年3月にはハイブリッド実行基盤「Maestro」を発表した。Pauli伝播、CPU上のMPS(行列積状態)、GPU上の高精度MPSを組み合わせる手法である。このパイプラインにより、GPU精度段階で9.6倍、全体で6.6倍の高速化を公表した。
2026年4月9日には、プレシードラウンドで75万米ドルを調達した。引受先は英国のエイダ・ベンチャーズ(Ada Ventures)、スーパーエンジェルズ・ベンチャー・ファンド(Superangels Venture Fund)、米シカゴ大学ポルスキー・センターである。同年6月にはDivi SDKをオープンソースとして公開した。
完全状態ベクトル(Statevector)シミュレーションでは、64量子ビットの倍精度計算に約295エクサバイト(EB)のRAMを要する。このメモリーウォールに対し、Qoro Quantumはテンソルネットワーク手法とGPU並列処理を組み合わせた。同社が公表した検証結果は以下の通りである。
| 検証項目 | 回路条件・規模 | 従来の処理時間(CPU) | GPUシミュレーションティア |
|---|---|---|---|
| 64量子ビットIsing Quench | MPS法(ボンド次元 $\chi=256$) | 1回路あたり11〜15分(16-vCPU) | 約3分(約5倍高速化) |
| 高忠実度MPSスケーリング | 100回路(ボンド次元 $\chi=512$) | 20分の制限でタイムアウト | 全回路が各9分未満(計4.0 GPU時間) |
| 並列ノイズスイープ | 2,560回路(8種のエラー率) | 単一ノード逐次実行で15.6時間 | 16-vCPUノード並列化で43分(約22倍短縮) |
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テンソルネットワーク手法とインフラ抽象化の技術構造
この環境が成立した要因は、テンソルネットワークによる状態表現の圧縮と、実行基盤の抽象化にある。
量子もつれが局所的な回路では、全状態ベクトルを保持する必要がない。特異値分解(SVD)を用いて低ランク近似を行うMPS手法により、メモリ消費量を劇的に抑制できる。高忠実度を維持するためにボンド次元($\chi$)を512まで引き上げると、行列演算の負荷が急増する。Qoro Quantumはテンソル縮約演算をNVIDIA A10GおよびT4のTensorコアへオフロードし、メモリ帯域と計算能力のボトルネックを解消した。
従来の量子古典ハイブリッド運用の統合には、約15万行のカスタムコードと数か月の構築期間を要していた。Qoroのスタックはこの工程を約20行のスクリプトに集約する。利用者はクラウド上のクラスタ構成を意識せず、ローカル環境から数行のコードを追加するだけでGPUインスタンスを呼び出せる。
2026年10月、英国家量子コンピューティングセンター(NQCC)の「SparQプログラム」において、欧州エネルギー大手E.ONとの共同実証が実施された。156量子ビットのIBM Heronプロセッサを対象とした電力網最適化計算において、Divi SDKと分散量子サンプリング技術を適用した。その結果、実機上での実行時間を従来の約3分の1に短縮した。ハードウェアの制約を古典シミュレーションと分散実行技術で補完する構成が有効に機能している。
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国内のアルゴリズム開発における実機依存からの脱却
本動向は、国内企業や研究機関の量子コンピューティング検証フローに実務的な再考を促す。
現在、多くの組織が高額な海外製量子クラウドサービスの実機マシンタイムを契約している。数十から百量子ビット規模のノイズあり実機(NISQ)検証では、キューの待機時間や1ショットごとの課金が開発速度を低下させる。
ボンド次元を制御したMPSシミュレータが安価なGPUインスタンスで稼働することにより、アルゴリズムの論理検証の大部分は古典HPC上で完結する。実機検証は「シミュレータでは計算不可能な領域」のみに絞り込むべきである。
一方で、国内導入にはデータレジデンシーとインフラ調達の課題が残る。化学計算や材料開発などの知的財産に関わるワークロードを海外クラウド事業者の管理基盤に直接送信することには、セキュリティ上の懸念が伴う。国内のプライベートクラウドやオンプレミスのGPUクラスタ環境へ、Diviのような軽量ミドルウェアを移植できる体制の構築が求められる。
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量子ソフトウェア開発における実務ロードマップ
開発組織が直ちに着手すべき対応は以下の通りである。
- アルゴリズム検証ワークフローの二層化
開発パイプラインを「GPUエミュレーション層」と「実機実行層」に分離する。ノイズパラメータのスイープや変分量子回路のパラメータ最適化は、すべてマネージドGPU環境で完了させる。
- テンソルネットワーク手法の適用限界評価
対象とする計算問題の量子もつれの度合いを測定する。長距離のもつれが少ない問題ではMPSによる高速化を適用し、ボンド次元が爆発する問題のみを実機検証の対象として切り分ける。
- オープンソースSDKを活用した接続層の共通化
特定ハードウェアベンダーのAPIに依存したコードベースを廃止する。Diviのようなマルチバックエンド対応のSDKを検証し、古典シミュレータと将来の誤り耐性量子実機の間を最小限のコード変更で移行できる構造を整える。
出典: Quantum Computing Report
出典: The Quantum Insider
出典: NQCC
