サムスンSDSは2026年11月2日、慶尚北道亀尾市において、ヒューマノイドロボット等のフィジカルAI学習に特化した「亀尾AIデータセンター」を着工しました。この動きは、ファナックや安川電機といった産業用ロボット大手が国内工場の自動化基盤の再構築を急ぐ日本市場にも、ハードと計算資源の一体開発という新たな調達基準をもたらします。
嶺南圏に広がる60兆ウォン構想と亀尾AIデータセンターの建設計画
サムスングループは2026年7月3日、慶南晋州で開催された「嶺南圏先端産業発展ビジョン国民報告会」にて、嶺南圏全体へ総額60兆ウォンを投入する産業クラスター構想を発表しました。この構想は、韓国政府が同年6月29日に提示した「大韓民国大跳躍3大メガプロジェクト」と直結しています。政府は半導体、AIデータセンター、フィジカルAIを3大軸に据え、立地や電力、用水の許認可を一括支援する方針を打ち出しました。
2026年11月2日に着工した亀尾AIデータセンターは、この大規模投資における最初の可視的なインフラプロジェクトとなります。敷地には、サムスンSDSが2024年12月にサムスン電子から取得した旧サムスン電子亀尾第1事業場の跡地(約4万6280平方メートル)が充てられます。
| 開発項目 | 仕様および計画値 | 補足情報 |
|---|---|---|
| 所在地 | 慶尚北道亀尾市工団洞 | 旧サムスン電子亀尾第1事業場跡地 |
| 敷地面積 | 4万6,280平方メートル | 約1万4,000坪 |
| 投資金額 | 4,273億ウォン | 2026年1月2日取締役会決議 |
| 受電容量 | 初期60MW(最大120MW) | 段階的拡張を想定 |
| 竣工予定 | 2028年末 | 当初計画の2029年3月から前倒し |
亀尾AIデータセンターは、サムスンSDSが保有する既存の計算リソース(110MW)を大幅に押し上げる中核拠点です。同社は東灘データセンター西館や海南国家AIコンピューティングセンターの拡張をあわせ、2029年に230MW、2031年には800MW超へAIインフラを拡大するロードマップを策定しています。
この投資計画の背景には、韓国政府による特区指定の迅速な法制化があります。産業通商資源部は2026年9月30日、大邱および慶北(亀尾・浦項)を「ロボット(ヒューマノイド)分野 国家先端戦略産業特化団地」に指定しました。亀尾第1〜第5国家産業団地を網羅するこの枠組みにより、電力系統の優先引き込みや税制優遇が提供され、インフラ整備の期間短縮が実現しています。
嶺南圏全体で見ても、計算基盤の集積は急速に進んでいます。SKテレコムがアマゾン ウェブ サービス(AWS)と共同構築する蔚山AIデータセンター(初期100MW、2027年第4四半期稼働目標)を筆頭に、同地域には総計2GW規模のAIデータセンターが建設される見通しです。
| 地域 | 投資規模(ウォン) | 対象産業・技術領域 |
|---|---|---|
| 亀尾 | 19兆 | ヒューマノイド量産ライン、AIデータセンター |
| 蔚山 | 16兆 | 全固体バッテリー、次世代エネルギー |
| 釜山 | 15兆 | AIサーバー用パッケージ基板、積層セラミックコンデンサ(MLCC) |
| 巨済 | 10兆 | 最先端高付加価値船、自動運航システム |
嶺南圏は韓国全体における造船の80%、防衛産業の58%、自動車の44%(2026年7月時点)を生産する重工業集積地です。サムスンはこの製造拠点網の直近に計算基盤を置くことで、現場の実稼働データとシミュレーション環境を直結させ、グループ全体のロボット転換(RX)を加速させる構造を整えています。
参考記事: Figure AIが初期35億ドルの計算資源確保、GPU最大10万基配備へ|人型ロボ開発への示唆
フィジカルAI学習を支えるハイブリッド冷却と超高電力ラック技術
亀尾AIデータセンターが従来のデータセンターと根本的に異なる点は、フィジカルAIの挙動学習に伴う極端な発熱と電力密度を前提に設計されていることです。自然言語処理(LLM)を中心とする従来のクラウド基盤に対し、ロボットの自律制御モデルでは物理シミュレーション空間(物理エンジン)と高解像度マルチモーダルセンサーからのフィードバックループをミリ秒単位で同期させる必要があります。
この演算を担う次世代GPUクラスタでは、ラックあたりの消費電力が従来の10〜20kWから100kW超へと跳ね上がります。空冷方式のみに頼る冷却アーキテクチャではファンの電力消費と風量限界により熱暴走を防ぐことができません。そこでサムスンSDSは、同一サーバールーム内で空冷と水冷を併用するハイブリッドクーリングシステムを導入しました。
ネットワーク機器やストレージなど、単位面積あたりの発熱量が比較的小さい設備には冷気循環による空冷を適用します。一方で、高負荷演算が集中する高密度GPUサーバーに対しては、ダイレクト・ツー・チップ(Direct-to-Chip)方式の水冷マニホールドを配備し、冷却水を循環させて熱を直接除去します。この分離設計により、冷却効率指標(PUE)を抑制しつつ、将来登場する超高電力プロセッサへの柔軟な対応枠を確保しています。
電力インフラ面では、60MWから最大120MWへの引き込みに対応するため、特高圧受変電設備の多重化とUPS(無停電電源装置)の二重系ラインを標準化しました。さらに、サーバールーム内のフロア荷重設計を従来の1平方メートルあたり約1.5トンから大幅に強化し、水冷配管や大型バスダクトを備えた重量ラックの配置を可能にしています。
あわせて事業モデルにも転換が見られます。サムスンSDSは自社GPUリソースのAPI提供にとどまらず、顧客が自前で調達したGPUサーバーを持ち込むコロケーション事業を展開します。外部の産業用ロボット開発企業やコンポーネント製造企業が独自クラスタを持ち込めるオープンな接続環境を用意することで、ハードウェアの稼働率を最大化させる運用体制を採っています。
参考記事: GPUクラスタの仕組みと構築戦略|CTOが押さえるべき最前線と2030年の未来
日本のロボット・インフラ産業に求められる統合基盤の再設計
サムスンによる嶺南圏クラスターの垂直統合は、日本のロボット産業およびインフラ産業に対して明確な課題を提示しています。日本国内では、安川電機やファナック、川崎重工業などの優れたハードウェアメーカーが存在するものの、実機と直結したメガワット級の専用AI学習基盤を地域単位で集約・整備する事例は限られています。
特に大きな分岐点となるのが、データセンターの立地選定基準と送電インフラの運用です。従来のデータセンターは通信遅延の少なさを重視し、東京圏や大阪圏などの大消費地周辺に建設される傾向がありました。しかし、フィジカルAIの学習では、大量の現場ログを生成する生産工場群と超高電力な計算拠点が地理的に近接していることが運用上の優位性を生みます。
日本の製造業が直面するボトルネックは主に以下の3点に集約されます。
- 送電網の容量制約: 1拠点で60MW〜120MW規模の電力を新設ラインに供給するには、電力広域的運営推進機関(OCCTO)を通じた系統接続手続きに年単位の時間を要するケースがある点。
- 冷却仕様の世代交代遅れ: 国内の既存商用データセンターの多くが空冷前提で設計されており、ラックあたり30kWを超える高発熱GPUサーバーを物理的に収容できない点。
- ハード・ソフトの投資分断: ロボットの機構設計(OT)と大規模基盤モデルの学習インフラ(IT)が別々の事業体や投資枠組みで運用されており、データフィードバックの閉ループ形成に遅れが生じている点。
韓国では2026年8月に施行された「半導体特別法」や年内制定を目指す「メガ特区特別法(仮称)」を通じて、環境影響評価の短縮や送電網敷設への国家財政支援を組み合わせています。日本企業が対抗するためには、単独企業でのインフラ構築に依存せず、産業クラスター単位で特別高圧変電所や工業用水の共同引き込みを自治体に働きかけるインフラ連携が不可欠です。
参考記事: 自動車とロボットの境界が崩れるTesla Optimus vs Hyundai Atlas
次にとるべき実務アクション
フィジカルAIを生産現場へ組み込み、海外勢との量産化競争に対峙する技術責任者および事業責任者は、以下の段階的検証に着手する必要があります。
- 工場内制御データの通信要件精査
自社工場の生産設備や自律搬送ロボット(AMR)から収集されるセンサーログの伝送帯域を算出し、クラウド型学習とエッジ推論のデータ境界を再設計します。
- 次世代サーバー室の受電・水冷適合性評価
既存の自社施設または委託先データセンターについて、ラックあたり40kW以上の発熱に対応可能な床荷重、一次冷却水(Chilled Water)配管の敷設可否を技術監査します。
- 産業クラスター単位での電力共同調達の検討
近隣の製造事業者や自治体と連携し、特定送配電事業制度などを活用した高圧受電設備の共同利用モデルを組成します。
参考記事: フィジカルAIにおける日本の勝ち筋とは?富士通・ロボット3社・NVIDIA連携の仕組みとロードマップ
出典: 毎日経済
出典: News1
出典: 東亜日報
出典: マネートゥデイ
出典: 韓国青瓦台
出典: 韓国産業通商資源部
