米テスラ(Tesla)が2026年9月にテキサス州でステアリングやペダルのない「Cybercab」の公道運行を開始し、中国では奇瑞汽車(Chery)が世界初の電動メカニカルブレーキ(EMB)搭載車を発売した。機械式ステアリングシャフトと油圧配管を廃するフルバイワイヤ化の先行は、2030年の実用化を目指すオモビオ(Omovio)などの欧州メガサプライヤーや日本のサプライチェーンにも開発サイクルの見直しを迫る。
米中市場で先行するフルバイワイヤシャシーの量産実態
自動車の「曲がる」「止まる」を司るシャシー領域において、物理的な結合機構を電気信号に置き換えるバイワイヤ技術の量産適用が米中で先行している。
テスラは2026年9月3日、テキサス州オースティンにおいてステアリングホイールとペダルを完全に排除した自動運転専用EV「Cybercab」の公道サービスを開始した。運行開始時の認可台数は45台であったが、2026年10月2日時点で169台に拡大している。米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は同年9月、ステアリングのない設計に対する連邦自動車安全基準(FMVSS)の自己認証手続きについて監査(AQ26002)を開始した。公道運用の実績づくりと法規適合の検証が同時に進行している。
一方、市販乗用車におけるブレーキの完全電動化では中国勢が先行する。奇瑞汽車は2026年4月、高級ブランド「星途(Exeed)」のSUV「EX7」を発売し、量産乗用車として世界で初めて完全ドライ型の電動メカニカルブレーキ(EMB)を標準搭載した。中国ではブレーキフルードを必要とする電動油圧ブレーキ(EHB)の年間搭載台数が2025年に1,200万台を超え、新車搭載率は50%を突破している。この普及基盤の上に、油圧を全廃したEMBへの切り替えが進む。
欧州メガサプライヤーも開発と量産のタイムラインを前倒ししている。独ZFフリードリヒスハーフェン(ZF Friedrichshafen)は2025年1月、グローバル完成車メーカーから大型ピックアップトラックを含む約500万台分のEMB供給を受注し、2028年の量産開始を公表した。伊ブレンボ(Brembo)も2026年5月に油圧フリーのブレーキ・バイ・ワイヤシステム「Sensify」の量産を開始している。
| 開発主体 | 採用・開発技術 | 実用化・量産の進捗 | 主な特徴・規格 |
|---|---|---|---|
| 米テスラ(Tesla) | ステア・バイ・ワイヤ(SBW)/EMB | 2026年9月運行開始(認可169台) | ステアリング・ペダル完全排除、自社E2E AI制御 |
| 中国・奇瑞汽車(Chery) | 完全電動メカニカルブレーキ(EMB) | 2026年4月市販車「EX7」に搭載 | 量産車世界初の油圧全廃ブレーキ、中国国家標準適合 |
| 独ZFフリードリヒスハーフェン | ドライ型EMB/スマートシャシー | 2028年量産予定(約500万台受注) | 48V駆動対応、ホイール個別クランプ制御 |
| 伊ブレンボ(Brembo) | Sensify(ブレーキ・バイ・ワイヤ) | 2026年5月量産開始 | 独立ECUアルゴリズムによる摩擦制御 |
中国市場における迅速な技術実装を後押しした要因の一つに法整備がある。中国政府は2025年5月30日に強制国家標準「GB21670-2025(乗用車制動系統技術要求及び試験方法)」を公布し、2026年1月1日に施行した。同規格において電気伝送制動システム(ETBS)の技術要件と試験方法が法制化され、完全ドライ型EMBを搭載した車両の型式指定(3C認証)取得が可能になった。制度面での要件定義が、技術の量産投入を直接促している。
参考記事: サイバーキャブの実用化はいつ?ハンドル・ペダルなしテスラ自動運転の仕組みと2027年ロードマップの課題
油圧配管の排除とE2E協調がもたらす構造転換
シャシーのバイワイヤ化が急速に進展する背景には、End-to-End(E2E)自動運転AIの進化と車両電気電子(E/E)アーキテクチャの集中化がある。
従来の油圧ブレーキ(ESCや1ボックス型EHB)では、ECUがバルブを開閉してフルードに圧力を伝達し、ピストンを介してブレーキパッドを押し付ける。この物理プロセスには150〜300ミリ秒程度の応答遅延が存在する。対してキャリパー内に専用モーターとボールねじ機構を内蔵するEMBは、電気信号の受信から50〜100ミリ秒以内で目標クランプ力に達する。制動距離の短縮だけでなく、ミリ秒単位で姿勢制御を指示する自動運転AIの運動要求に遅滞なく追従できる。
完全なバイワイヤ化を実現するためには、以下の3つの前提条件をクリアする必要がある。
- 車載48V電源システムの確立: キャリパーを高圧で押し付けるモーターは瞬間的に大電流を消費する。従来の12V系では配線ハーネスの重量増加と電圧降下を招くため、48V電源による給電が不可欠となる。
- 通信および電源の完全冗長化: 油圧配管やステアリングシャフトといった機械的バックアップが存在しないため、ECU、インバーター、通信バス(Ethernet/CAN FD)、給電系統を二重化し、単一障害点(SPOF)を排除したフェイルオペレーショナル設計が必須となる。
- ソフトウェアとハードウェアの分離: 車両中央のセントラルコンピューターが運動制御アルゴリズムを統合し、各輪のアクチュエーターを分散制御するアーキテクチャの構築が求められる。
先行するテスラや中国の車載コンポーネント企業は、シャシー制御の内製化を推し進めている。中国の炯熠電子(Jiongyi Electronic)などが進めるEMB開発では、ECUとアクチュエーターをモジュール化しつつ、制御インターフェースを標準化することで完成車メーカー側のOSへの統合を容易にしている。ブラックボックス化されていたメガサプライヤーの油圧制御ユニットを排し、自社の運動制御スタックへ直接接続する体制が確立されつつある。
参考記事: 自動運転レベル4の安全基準策定と「ハンドルなし」解禁|国連・NHTSA規制緩和がもたらすロボタクシー量産のロードマップ
国内サプライチェーンが直面する油圧資産の減損リスク
機械構造と油圧制御を中核としてきた日本の自動車サプライチェーンにとって、フルバイワイヤへの移行は既存事業の縮小と製造設備の減損リスクを伴う。
主要サプライヤーのオモビオはEMBの実用化目標を2030年めどに設定しており、独ZFの2028年量産計画や中国勢の実用化に対して時間的な開きが存在する。このギャップは、以下の領域において国内産業に直接的な影響を与える。
- 専用機械部品市場の縮小: マスターシリンダー、ブースター、油圧配管、ブレーキフルード、ステアリングシャフト、コラムシャフトなどの生産設備は、フルバイワイヤ車両では不要となる。これら精密加工部品を納入してきたTier2以下の下請け構造は再編を避けられない。
- 48Vアーキテクチャの遅れ: 日本の完成車メーカーはハイブリッド車(HEV)で強みを持つものの、補機バッテリー領域では12V系を長期にわたり維持してきた。高トルクを要求するEMBアクチュエーターを導入するには、車両全体の48V電源化または大容量DC-DCコンバーターの搭載が必要となり、車両基本設計の改修を伴う。
- 型式認証基準の差異: 中国ではGB21670-2025により完全電気ブレーキの公道走行が認可されたが、日本国内の道路運送車両の保安基準や協定規則(UN-R13-H)への完全適合には実証データの蓄積と行政折衝に時間を要する。
既存の強みである高い加工精度や油圧バルブの摺動制御技術は、電気信号とモーター駆動によって置き換えられる。ソフトウェア定義車両(SDV)においてシャシーが「セントラルコンピューターの末端アクチュエーター」として再定義される中、ハードウェア単体での付加価値維持は難しくなっている。
参考記事: 自動運転車の「ハンドルなし」解禁へ?米NHTSAが規制を見直す背景と「2つの技術的障壁」
シャシー制御の内製化とモジュール調達への移行策
海外メガサプライヤーの2028年量産スケジュールと中国市場での採用開始を踏まえ、国内の技術責任者および事業責任者が着手すべき具体的なアクションは以下の通りである。
- シャシー制御APIの標準化と運動制御アルゴリズムの内製化
アクチュエーターのハードウェア調達先に関わらず、車両中央のビークルダイナミクスコントローラーから各輪の制動力・操舵角をミリ秒単位で指示できるよう、ハードウェア抽象化レイヤー(HAL)の整備を完了させる。
- 48V高出力給電および二重化通信に対応したプラットフォーム設計
EMBやステア・バイ・ワイヤのピーク消費電力を試算し、次世代EVプラットフォームにおける48Vゾーン給電系統とフェイルオペレーショナル通信網の設計基準を確定する。
- 既存の油圧・機構部品製造ラインのポートフォリオ再編
2030年までに油圧関連コンポーネントの受注減衰を見込み、精密ボールねじ、小型高トルクブラシレスDCモーター、車載キャリパー統合インバーターの量産技術への設備転換および再投資計画を策定する。
出典: 日経クロステック
出典: CarNewsChina.com
出典: Superpower Daily
出典: [Startup Fortune](https://startupfortune.com/teslas-cybercab-hits-an-nhtsa-probe-just-hours-into-its-austin-launch/
出典: The BRAKE Report
出典: ResearchInChina
出典: Torque News
