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セキュリティ・暗号

SASE(セキュア・アクセス・サービス・エッジ)とは?

最終更新: 2026年6月23日
この記事のポイント
  • 技術概要:SASE(セキュア・アクセス・サービス・エッジ)は、ネットワーク制御(SD-WAN)と複数のセキュリティ機能(SWG、CASB、ZTNA、FWaaSなど)をひとつのクラウドサービスとして統合するアーキテクチャです。従来のデータセンターを起点とする境界防御とは異なり、ユーザーやデバイスの場所を問わず、セキュアで高速なアクセスをクラウド上で直接制御・最適化します。
  • 産業インパクト:テレワークの常態化やSaaS利用の急増に伴うネットワーク帯域の逼迫(回線遅延)や、IT部門の関知しない「シャドーIT」のリスクを抜本的に解決します。セキュリティ運用の一元化と通信の効率化により、企業のガバナンス強化とインフラ運用の効率化(TCO削減)を同時に達成します。
  • トレンド/将来予測:単一ベンダーによるオールインワン型のSASE(シングルベンダーSASE)と、既存資産を活かしつつ最適な機能を選択するマルチベンダーSASEの選択肢が存在します。今後は、既存環境のアセスメントから「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス)」を用いたスモールスタートを切り口とし、段階的にSD-WANや各種セキュリティ機能を統合する移行プロセスが、企業ネットワークのデファクトスタンダードとなっていくと予測されます。

クラウドシフトとハイブリッドワークの普及に伴い、企業が長年維持してきたデータセンター境界防御型のネットワークは急激に機能不全に陥っています。1ユーザーあたり数十ものセッションを消費するSaaSトラフィックは既存のVPNゲートウェイを破綻させ、IT部門が検知できないシャドーITの割合は実に97%に達しています。この「ネットワークの帯域逼迫」と「セキュリティの空白」という二律背反の課題を解決するため、ネットワーク制御とクラウドセキュリティを一元化する「SASE(Secure Access Service Edge)」への移行が不可欠となっています。

目次
  • 境界防御の限界とSASEが定義する「ネットワーク・セキュリティの融合」
  • テレワークとクラウド移行が引き起こした「回線逼迫」と「シャドーIT」の深刻度
  • ガートナーが提唱するSASEの基本概念とZero Trustとの関係性
  • SASEを構成する5つのコア機能とSSE・VPNとの技術的相違点
  • ネットワーク(SD-WAN)とセキュリティ(SWG / CASB / ZTNA / FWaaS)の役割分担
  • SSEおよび従来型VPNとの機能・アーキテクチャ比較
  • 「シングルベンダー」対「マルチベンダー」:自社に最適なSASEソリューションの選定基準
  • TCO(総所有コスト)と運用負荷を左右する「管理コンソールの統合性」
  • 既存ネットワーク資産を活かすか、全面刷新するか
  • 段階的なSASE移行を成功させる「ロードマップ策定」の4ステップ
  • 既存環境のアセスメントと「ZTNA」からのスモールスタート
  • グローバル拠点および国内拠点の段階的なSD-WAN統合プロセス
  • 自社のネットワーク・セキュリティ状況を可視化する「SASE導入適合度チェックリスト」
  • ネットワーク遅延・シャドーITリスクから診断する「今すぐ導入すべき企業」の要件
  • SASE導入適合度アセスメント(10項目のチェックシート)
  • 適合度スコア判定と次のステップへの接続ロードマップ

境界防御の限界とSASEが定義する「ネットワーク・セキュリティの融合」

社内ネットワークと外部の境界にファイアウォールを配置し、信頼された内部ネットワークのみを保護する「境界防御モデル」は、企業の基幹システムや重要データがすべてプライベートデータセンター(DC)内に存在することを前提に設計されています。しかし、このアーキテクチャは、業務システムのクラウド移行や、社外から直接クラウドへアクセスするテレワークの急増によって、セキュリティとネットワークの両面で限界を迎えています。

テレワークとクラウド移行が引き起こした「回線逼迫」と「シャドーIT」の深刻度

境界防御モデルにおいて、拠点やリモート環境からのトラフィックはすべて本社やデータセンターに設置されたVPNゲートウェイに集約(ハブ&スポーク構成)され、そこでセキュリティ検閲を受けてからインターネットへと出ていきます。このトラフィック構造は、SaaSの利用拡大によって致命的なボトルネックへと変化しました。

例えば、Microsoft 365(旧Office 365)やBox、Zoomといったクラウドサービスは、従来のWebブラウジングとは比較にならないほどのセッション数と帯域を消費します。Microsoft 365のOutlookやSharePointを日常的に利用する場合、1ユーザーあたり常時10〜30以上の接続セッションが確立されます。同時接続数が3,000人規模の組織において、ファイアウォールのセッション処理上限が10万セッション程度の機器を使用している場合、リモートアクセスが集中する始業時間帯(午前9時前後)にセッションプールが即座に枯渇し、パケット破棄率が3%を超え、Web会議の音声途切れや基幹システムへの接続エラーが頻発する事態を引き起こします。

この回線逼迫を回避するために、一部の通信を社内ネットワークを通さずに直接インターネットへ逃がす「ローカルブレイクアウト(LBO)」を拠点ごとにSD-WANで実装する手法が取られてきました。しかし、このアプローチはセキュリティの「抜け穴」を作ることになります。各拠点から直接インターネットへアクセスするトラフィックに対して、本社の高機能なファイアウォールやセキュアWebゲートウェイ(SWG)を経由させることができなくなるためです。

その結果、IT部門の管理が及ばない「シャドーIT」が爆発的に増加します。クラウドセキュリティベンダーであるNetskopeが公開した「Cloud & Threat Report」の統計データによると、企業内で利用されているクラウドサービスのうち、IT部門が公式に把握・認可しているものは全体のわずか3%未満であり、残り97%以上が未認可のシャドーITです。従業員が個人契約の生成AIサービスに業務データを入力したり、個人用オンラインストレージにソースコードや顧客リストをアップロードしたりするセキュリティ侵害リスクは、従来の境界型防御では検知すら不可能な状態に達しています。

Gartnerが提唱するSASEの基本概念とZero Trustとの関係性

こうした「ネットワークのボトルネック」と「セキュリティの空白」という二律背反の課題を解決するため、2019年に米IT調査会社のGartner(ガートナー)が提唱したアーキテクチャが「SASE(Secure Access Service Edge)」です。SASEは、物理的なデータセンターを中心に考えるのではなく、ユーザーやデバイス、データが存在する「エッジ」を中心にネットワークとセキュリティを再構成します。

SASEの本質は、最適経路でのルーティングを提供する「ネットワーク(WANエッジサービス)」と、クラウド上で一元的にポリシーを適用する「セキュリティ(包括的なクラウドセキュリティ機能)」を、個別のポイントソリューションではなく単一のクラウド配信サービスとして統合管理することにあります。このうち、セキュリティ機能のみを統合したパッケージは「SSE(Security Service Edge)」と定義され、SASEの重要なサブセットを構成します。

SASEと「Zero Trust(ゼロトラスト)」は混同されやすい概念ですが、その関係性は明確です。Zero Trustは「決して信頼せず、常に検証する(Never Trust, Always Verify)」というセキュリティ設計思想(コンセプト)であり、SASEはその思想をネットワーク全体にわたって具体的に実装・実行するための「クラウドネイティブなアーキテクチャ(実行手段)」です。

SASEは、トラフィックを動的に制御するSD-WANと、クラウド上で高度な脅威防御とアクセス制御を提供するセキュリティ層(SWG、CASB、ZTNA、FWaaS)を融合することで、このZero Trustモデルを現実のインフラへ落とし込みます。

評価項目 従来型(境界防御+VPN) SSE(Security Service Edge) SASE(セキュア・アクセス・サービス・エッジ)
基本設計思想 場所に基づく信頼(社内/社外の物理境界) クラウドによる一元的なセキュリティ監視とアクセス制御 ネットワーク最適化とセキュリティポリシーの完全な融合
トラフィック制御 データセンターへVPNで全トラフィックを集約 セキュリティサービス経由でインターネット/SaaSへルーティング SD-WANによる最適パス(LBO、クラウド最適経路)の自動選択
主なコンポーネント VPN装置、ハードウェアFW、プロキシサーバー SWG, CASB, ZTNA, FWaaS SD-WAN + SSE(SWG, CASB, ZTNA, FWaaS)
適合する主な課題 オンプレミス中心の静的な業務環境 セキュリティポリシーの一元化とシャドーITの可視化 回線遅延の解消、ハイブリッドワーク移行、グローバル拠点の統合

SASEの導入により、これまで拠点ごとに物理アプライアンスを導入・管理していた運用負荷や、各OSやVPNクライアントソフトウェアのパッチ適用といった運用コストは、クラウド上の管理コンソールに統合されます。これにより、企業のIT部門はインフラの維持管理から解放され、よりセキュアかつ俊敏なDXインフラの構築へと注力することが可能になります。

SASEを構成する5つのコア機能とSSE・VPNとの技術的相違点

ネットワーク(SD-WAN)とセキュリティ(SWG / CASB / ZTNA / FWaaS)の役割分担

SASEのアーキテクチャは、トラフィックの最適化を担う「ネットワーク機能」と、データを保護する「セキュリティ機能」を単一のクラウドプラットフォーム上でシームレスに結合することで機能します。Gartnerが定義するSASEモデルは、以下の5つのコアコンポーネントによって構成されています。

  • SD-WAN (Software-Defined WAN): 各拠点やクラウド間のトラフィックをソフトウェアで制御し、アプリケーションごとに最適な経路を選択します。例えば、Microsoft 365などの信頼できるSaaSトラフィックをデータセンターを経由させずに直接インターネットへ接続(ローカルブレイクアウト)させることで、オンプレミス回線の帯域圧迫を防ぎます。
  • SWG (Secure Web Gateway): ユーザーのWebアクセスを監視・制御し、不正サイトへのアクセス防止やマルウェアの侵入を防ぎます。SSL/TLSで暗号化された通信の復号検査を、クラウド上で高速に実行します。
  • CASB (Cloud Access Security Broker): 自社で把握していない「シャドーIT」を含むSaaS利用状況の可視化と、機密データのダウンロード制限などのガバナンスを適用します。API連携により、クラウドストレージに格納されたデータのスキャンも可能です。
  • ZTNA (Zero Trust Network Access): 「全ての通信を信頼しない」Zero Trust原則に基づき、ユーザーのID、デバイスのセキュリティ状態、コンテキスト(時間や場所)を認証・認可した上で、特定のアプリケーションへの最小権限のアクセスのみを許可します。
  • FWaaS (Firewall as a Service): 従来は拠点ごとにハードウェアとして設置していた次世代ファイアウォール(NGFW)の機能をクラウド上で提供します。これにより、全拠点のセキュリティポリシーを一元管理・即時適用できます。

これらのコンポーネントが個別のポイントソリューションではなく、「シングルパス・アーキテクチャ」として統合されている点がSASEの最大の強みです。従来の構成では、パケットが通過するたびに各機器(プロキシ、ファイアウォール、DLPなど)で「復号・検査・暗号化」を個別に繰り返すため、ネットワーク遅延(レイテンシ)が増大していました。一方で、Palo Alto Networksの「Prisma Access」やZscalerのプラットフォームに代表される統合型SASEでは、パケットを一度だけ復号してすべての検査をパラレルに実行します。実測値として、このシングルパス処理により、暗号化通信の検査におけるレイテンシを従来の多段構成と比較して最大40%以上削減した検証結果も報告されており、これが「クラウド移行時のパフォーマンス低下」という課題に対する明確な技術的回答となっています。

SSEおよび従来型VPNとの機能・アーキテクチャ比較

SASEへの移行を検討する際、混同しやすい概念が「SSE (Security Service Edge)」と「従来型VPN(Virtual Private Network)」です。これらは解決できる課題、求められるインフラ、そして導入コストが明確に異なります。それぞれのアーキテクチャの違い、コスト、セキュリティ、運用の観点における相違点は以下の通りです。

比較項目 従来型VPN SSE (Security Service Edge) SASE (Secure Access Service Edge)
主な定義・概念 暗号化トンネルによる拠点間・端末間のプライベート接続(境界防御モデル) SASEから「SD-WAN(ネットワーク)」を除いたセキュリティに特化したクラウドサービス SD-WANとSSE(SWG, CASB, ZTNA, FWaaS)を一体化した包括的アーキテクチャ
セキュリティアプローチ IPアドレス単位の信頼(一度入ればネットワーク内を自由に移動可能) Zero Trustアプローチ(IDとデバイスベースの動的認可、アプリケーション単位のアクセス制御) Zero Trustアプローチに加え、WAN側エッジのトラフィック制御も含めた包括保護
ネットワーク経路の最適化 なし(全てのトラフィックをVPNゲートウェイやオンプレミスデータセンターへバックホール) 限定的(各デバイスからの直接のWeb/SaaS通信はセキュア化するが、物理拠点の回線制御はカバー外) あり(SD-WANにより、各拠点の通信経路をアプリケーション単位で自動で動的に最適化)
運用・管理負荷 高(ハードウェアの保守、パッチ適用、ルーティングテーブルの二重管理が必要) 中(セキュリティポリシーはクラウドで一元管理されるが、拠点ルーターや回線制御は個別管理) 低(単一の管理コンソールから、グローバルネットワークの経路制御とセキュリティ設定を一元運用)
初期・ランニングコスト 中(アプライアンス費用と回線保守費が中心だが、トラフィック増に伴う増強コストが不定期に発生) 中〜高(ユーザーライセンスベースの定額制。既存のWAN機器をそのまま流用できるため初期投資は抑えやすい) 高(統合ライセンスおよびエッジデバイス交換の初期投資。ただし長期的な運用リソースの削減で相殺可能)

従来型VPNは「社内ネットワークへの侵入」を許すと、攻撃者が横展開(ラテラルムーブメント)できる構造的な脆弱性を抱えています。例えば、VPNゲートウェイのパッチ未適用による脆弱性が原因でランサムウェアの標的となる事例が多発しており、これがZero Trust原則への移行を急がせる最大の要因となっています。

SSEは、Gartnerが2021年のロードマップで定義した通り、既存のネットワークインフラ(すでにCiscoやFortinetなどのSD-WANが全拠点に導入済みなど)を活かしつつ、セキュリティ層のみを迅速にクラウド化したい場合に適しています。具体的には、既にネットワーク専門チームがWANを自社管理しており、セキュリティポリシーだけを統一したい組織向けの選択肢です。

一方で、SASEはネットワークの構成変更とセキュリティ強化を同時に推進する組織に最適です。例えば、海外支店や多店舗展開を行っている組織において、各拠点のルーター管理(ハードウェアライフサイクル、IPsec VPN設定)の煩雑さに課題を抱えている場合、SASEを導入することで拠点エッジデバイスをシンプルなSD-WAN端末に集約し、運用負荷を最小化しながら強固なZero Trust環境を全社に適用することができます。

「シングルベンダー」対「マルチベンダー」:自社に最適なSASEソリューションの選定基準

SASEの導入を検討する企業にとって、最初の、および最も重要な分岐点となるのが「シングルベンダーSASE」と「マルチベンダーSASE」の選択です。Gartnerが提唱したSASEの理想像である「単一プラットフォームによるネットワークとセキュリティの完全統合」を目指すか、あるいは自社のレガシー資産を保護しながら段階的に移行するかにより、選ぶべきソリューションのアーキテクチャは大きく異なります。

比較項目 シングルベンダーSASE マルチベンダーSASE
代表的な製品・提供元 Palo Alto Networks(Prisma SASE)
Fortinet(FortiSASE)など
IIJ、NTTコミュニケーションズなどの国内SIerが統合・仲介する複数製品群
アーキテクチャの親和性 密結合(SD-WANとSSE機能が同一のOS・インフラ上で動作) 疎結合(異なるベンダーの製品をAPIやVPNトンネルで相互接続)
ポリシー管理 単一コンソールからの一元設定・即時反映 各コンポーネント個別の管理、またはSIer提供ポータルによる仲介
移行アプローチ ネットワークとセキュリティの全面刷新(フォークリフト型) 既存インフラ(WAN等)を活かした段階的移行(SSE先行など)
運用の実務主体 自社(情シス部門)またはベンダー認定パートナー 国内SIerのマネージドサービス(MSSP)へのアウトソーシング

TCO(総所有コスト)と運用負荷を左右する「管理コンソールの統合性」

シングルベンダーSASEを採用する最大のメリットは、SD-WANとセキュリティ機能(SWG、CASB、ZTNA、FWaaS)が同一のデータプレーンおよびコントロールプレーン上に設計されている点にあります。Palo Alto Networksの「Prisma SASE」やFortinetの「FortiSASE」では、単一の管理コンソールからセキュリティポリシー、ルート制御、QoS(サービス品質)設定を同時に制御可能です。例えば、本社のセキュリティポリシーを変更した際、世界各地の拠点に配備されたSD-WAN端末からモバイル端末のZTNAクライアントに至るまで、同一のポリシーがリアルタイムかつ一貫して適用されます。

これがマルチベンダー(例:CiscoのSD-WANとZscalerのSSEの組み合わせ)の場合、管理画面がそれぞれ独立しているため、ポリシー変更のたびに「コンソール・ファティーグ(管理画面の往復に伴う疲弊)」が発生します。ユーザーの権限変更が発生した際、SD-WAN側のセグメンテーション設定、SWGのWebフィルタリングルール、ZTNAのアクセス権限をそれぞれのコンソールで個別に変更せざるを得ず、設定の不整合によるセキュリティホールや接続障害を誘発するリスクが上昇します。

一方で、国内SIerが強みとするマルチベンダーSASEは、この運用の複雑さを独自の統合窓口やポータルで吸収する仕組みを提供しています。例えば、IIJが提供する「IIJ omnibus」やNTTコミュニケーションズのマネージドサービスでは、複数の異機種間(他社製SD-WANとサードパーティ製セキュリティクラウド)におけるログの統合や障害切り分けを、SIer側のSOC(セキュリティオペレーションセンター)やNOC(ネットワークオペレーションセンター)が一括して代行します。これにより、専任のネットワークセキュリティエンジニアを社内に確保できない企業であっても、マルチベンダー構成に伴う日々の運用負荷を大幅に削減することが可能です。

既存ネットワーク資産を活かすか、全面刷新するか

SASEへの移行期において、多くの企業を悩ませるのが、既存のネットワーク資産の残存価値(償却期間)とWAN回線の長期契約です。Gartnerは「SASEへの移行は3〜5年を要するロードマップである」と指摘しており、一挙にすべてのインフラを入れ替える全面刷新は、現実的には極めて高リスクかつ高コストです。

例えば、国内100拠点におよぶWAN(広域イーサネット)を運用し、すでにCiscoやVMware(旧VeloCloud)のSD-WANルーターを導入してリース期間が3年残っているエンタープライズ企業の場合、これをすべて破棄してシングルベンダーのSASE製品へリプレイスすることは、サンクコスト(埋没費用)の観点から合理的ではありません。この状況下では、既存のSD-WANインフラを維持したまま、インターネットゲートウェイ機能やリモートアクセス機能のみをクラウド上の「SSE(Security Service Edge)」へ切り出し、段階的にSASE化を進めるマルチベンダーアプローチ(またはSSE先行導入)が現実的な最適解となります。

自社に適したアプローチを選定するための技術的・経営的判断基準は、以下の条件分岐に集約されます。

  • シングルベンダーSASEを選択すべき企業:
    • 拠点のルーターやVPN機器の保守終了(EOSL)が1年以内に迫っており、回線契約の更新タイミングと合致している場合。
    • 「社内ネットワークの運用内製化(コ・マネージド含む)」を推進しており、自社の限られた情シスリソースでネットワークとセキュリティを一元管理したい場合。
    • 全社でMicrosoft 365やAWSなどのクラウド移行がほぼ完了しており、オンプレミスのデータセンター集約型ネットワークを廃止できる環境が整っている場合。
  • マルチベンダーSASEを選択すべき企業:
    • 既存のSD-WANや専用線(閉域網)の投資対効果が残っており、少なくとも数年間は物理ネットワークインフラの構成を変更できない場合。
    • 「セキュリティ機能は業界ベストオブブリード(例:WebプロキシはZscaler、ファイアウォールはPalo Alto)で極限まで高めたい」という、金融機関や官公庁レベルの極めて高度なセキュリティ要件がある場合。
    • 自社に専門のネットワーク/セキュリティ技術者が不在であり、構成設計から日々のパッチ適用、障害時のマルチベンダー間調整まで、すべてを国内SIerの24時間365日のマネージドサービスに委託したい場合。

自社の現在のインフラ償却状況、クラウド移行率、そして「運用の内製化か、SIerへのアウトソーシングか」という組織体制の方向性を見極めることが、無駄な投資を避け、実効性のあるゼロトラスト環境を構築するための鍵となります。

段階的なSASE移行を成功させる「ロードマップ策定」の4ステップ

SASEの導入において、既存のネットワーク環境とセキュリティインフラを一度にすべて刷新する手法は、業務停止リスクや運用の混乱を招くため推奨されません。Gartnerが提唱するSASEのフレームワークを自社に適用する際は、セキュリティ機能を統合した「SSE (Security Service Edge)」と、ネットワークを最適化する「SD-WAN」を段階的に組み合わせるアプローチが最も現実的です。

NRIセキュアテクノロジーズなどのセキュリティベンダーが提示するシステム移行指針でも、既存のIT資産(VPN機器やファイアウォールなど)の減価償却期間を考慮しながら、まずは最もリスクの高い領域から対策を講じる「スモールスタート」が推奨されています。

フェーズ 実施ステップ 主な目的 導入する主な要素技術
フェーズ1 ZTNAによるリモートアクセス刷新 レガシーVPNの脆弱性対策とセキュアなリモートワーク環境の確立 ZTNA、MFA(多要素認証)、デバイスポスチャチェック
フェーズ2 Web/クラウドセキュリティの統合 インターネット接続(Web閲覧、SaaS利用)のセキュリティ一元化 SWG、CASB、FWaaS(SSE機能群)
フェーズ3 SD-WANによる拠点ネットワーク最適化 トラフィックの輻輳解消とWAN回線コストの削減 SD-WAN、ローカルブレイクアウト(LBO)
フェーズ4 統合ポリシー管理と運用の自動化 ネットワークとセキュリティのポリシー統一による運用負荷軽減 SASEオーケストレーター、統合ダッシュボード

既存環境のアセスメントと「ZTNA」からのスモールスタート

SASE移行の最初のステップは、現状のネットワーク構成とセキュリティ資産のアセスメント(棚卸し)です。特に、パッチ適用漏れや脆弱性が狙われやすい既存のレガシーVPNの稼働状況と、各拠点の通信帯域の逼迫状況を正確に把握する必要があります。このクラウド移行への過渡期において、多くの企業が直面するのが「VPN機器の限界」と「境界防御モデルの形骸化」です。

アセスメントが完了した後、最初の具体的な実装として取り組むべきなのが「ZTNA(Zero Trust Network Access)」の導入です。例えば、従業員数1,000名規模で、オンプレミスの基幹システム(ERP)とSaaS(Microsoft 365やSalesforce)を併用している環境の場合、全社員の接続経路を一度に切り替えるのではなく、社外からのアクセス機会が多い営業部門やリモートワーク頻度の高い開発部門(約50〜100名)を対象としたパイロット運用から開始します。

ZTNAの導入を進める際、情報システム部門が最も注意すべきなのは、既存のVPN環境との「並行稼働期間」の設計です。急激な切り替えはユーザーの混乱や業務停止を引き起こすため、以下のプロセスで段階的にアクセス権限を移行させます。

  • DNSおよびルーティングの並行運用: クラウド上に構築したZTNAゲートウェイを経由する接続ルートと、既存のVPN装置を経由する接続ルートを並行して維持します。これにより、万が一ZTNA側で接続トラブルが発生した場合でも、即座に旧VPNに切り戻せる環境を確保します。
  • IDプロバイダー(IdP)連携と認可ポリシーの定義: Microsoft Entra IDやOktaなどのIdPとZTNAを連携させ、「会社支給のPCであり、かつ多要素認証(MFA)をクリアした場合のみ、オンプレミスのERPにアクセスを許可する」といった、Zero Trustの原則に則った動的なアクセス制御を設定します。
  • エージェントソフトの段階的展開: 端末にインストールするZTNAエージェント(またはブラウザベースのクライアントレス接続)を特定の部門から順次配布し、接続検証を行います。

このようにZTNAからスモールスタートする理由は、既存のネットワーク構成(物理回線や拠点ルーター)を変更することなく、ソフトウェアレイヤー(認証・認可)だけでセキュリティを即座に強化できるためです。これにより、初期投資を抑えつつ社内ユーザーへの影響を最小限にとどめ、プロジェクトの推進に必要な成功体験を早期に社内へ示すことができます。

グローバル拠点および国内拠点の段階的なSD-WAN統合プロセス

ZTNAによるリモートアクセス環境の整備と並行、あるいは次のフェーズとして進めるのが、物理拠点(本社、工場、支店、海外子会社など)のネットワーク刷新です。国内外に30以上の拠点を持ち、専用線(IP-VPN)の帯域不足と高額な回線コストに悩まされている環境では、全拠点を一斉にSD-WANへ移行することは回線の契約期間(違約金の問題)や現地調整の負荷から困難です。

そのため、SD-WANの導入は「トラフィックの負荷が最も高い拠点」または「回線契約の更新時期を迎える拠点」から段階的に実施します。統合プロセスは以下の3つの段階を経て実行します。

  • 第1段階:インターネットローカルブレイクアウト(LBO)の実施
    Microsoft 365やZoomなどのビデオ会議トラフィックによって本社のデータセンター回線がデータ遅延を引き起こしている場合、特定のSaaS宛ての通信のみを拠点から直接インターネットへ逃がすLBOを実装します。拠点の既存ルーターを、Cisco Catalyst SD-WANやVMware SD-WANなどのSD-WANエッジ装置にリプレイスし、アプリケーション識別機能を用いてトラフィックを自動的に振り分けます。
  • 第2段階:LBOトラフィックのSSE連携(セキュリティ担保)
    LBOによって拠点のインターネット回線から直接パブリッククラウドへ接続する場合、従来のデータセンター集中型のファイアウォールを経由しなくなるため、セキュリティレベルの低下が懸念されます。ここで、前段階で導入したSSE(SWG、CASB、FWaaS)を活用します。拠点のSD-WAN装置から、最寄りのSSEクラウドPOP(接続ポイント)へIPsecトンネルを自動構築し、すべてのWebトラフィックをSSE経由で安全にインターネットへ送信する構成にします。これにより、ローカルブレイクアウトの俊敏性と高度なセキュリティ対策を両立させます。
  • 第3段階:WAN回線の冗長化と専用線(MPLS)の段階的廃止
    拠点のSD-WAN移行が軌道に乗った段階で、高コストなMPLS回線の帯域を縮小するか、あるいは安価なブロードバンド回線(光回線や5G回線)を追加して複数回線でのアクティブ・アクティブ運用に切り替えます。SD-WANのパス選択機能(Dynamic Path Selection)を利用すれば、パケットロス率や遅延状況に応じて自動的に最適な回線が選ばれるため、ミッションクリティカルな業務システムの通信品質を維持したまま、全体の回線コストを削減することが可能になります。

グローバル拠点を統合するプロセスにおいては、地域ごとに最適なSASEベンダーのPOPが存在するかどうかの確認が不可欠です。例えば、中国拠点を含むネットワークの場合、現地独自の通信規制(グレートファイアウォール)を考慮し、現地に認可されたPOPを持つベンダー(Alibaba Cloud Enterprise Networkと連携可能なソリューションや、現地にインフラを持つグローバルSASEベンダー)を選定し、個別に統合プロセスを適用する調整が必要となります。このように、拠点の地理的特性や回線事情に合わせた柔軟なフェーズ分けを行うことが、SD-WAN統合を成功に導く鍵となります。

自社のネットワーク・セキュリティ状況を可視化する「SASE導入適合度チェックリスト」

ネットワーク遅延・シャドーITリスクから診断する「今すぐ導入すべき企業」の要件

データセンターを中心とした従来の境界防御モデルが限界を迎える最大のトリガーは、Microsoft 365やZoom、BoxといったSaaSの全社導入に伴うセッション数とトラフィックの爆発的な増加です。たとえば、1ユーザーあたり常時20以上のTCPコネクションを確立するMicrosoft 365を1,000人規模で利用した場合、データセンターに設置された従来のファイアウォール(例:FortiGate 100Dクラスのセッション処理上限)や、帯域1Gbpsの専用線(IP-VPN)のプロキシサーバーは容易にパケットドロップや遅延を引き起こします。この遅延を回避するために「ローカルブレイクアウト」を安易に実施すると、今度は社外から直接インターネットへ抜ける通信のセキュリティ監視(可視化)が失われ、マルウェア感染や情報漏洩のリスクが急増します。

さらに、ChatGPTやNotionに代表されるパブリックSaaSの業務利用が進むなか、IT部門が関与しないシャドーITのリスクは看過できません。許可された組織アカウント以外への機密データのアップロードを防止するには、一般的なURLフィルタリングだけでなく、API連携やインラインでの詳細な制御(例:個人アカウントへの書き込み制限)が可能なCASBの機能が不可欠です。社外から社内システムにアクセスするためのVPNゲートウェイのパッチ適用漏れを突いた脆弱性(例:旧Pulse SecureやFortiOSの既知の脆弱性)によるランサムウェア感染が多発するなか、認証情報を盗まれてネットワーク全体へラテラルムーブメント(横展開)されるのを防ぐため、Zero Trustの原則に基づくネットワークの再構築が求められます。Gartnerが提唱する「SSE (Security Service Edge)」のコアコンポーネントであるZTNA、CASB、SWG、およびネットワーク側のSD-WANを統合管理するSASEへの移行は、こうした具体的な技術的ボトルネックとセキュリティホールの双方を同時に解消するための、最も現実的な選択肢となります。

SASE導入適合度アセスメント(10項目のチェックシート)

自社が今、どのレベルでSASE(またはSSE)の導入を必要としているかを客観的に評価するため、以下の10項目について、現在の自社のネットワーク・セキュリティ状況をチェックしてください。各項目は「はい(2点)」「一部該当(1点)」「いいえ(0点)」で回答し、合計点(最大20点)を算出します。

番号 チェック項目 はい (2点) 一部該当 (1点) いいえ (0点)
1 リモートワークや社外勤務の比率が30%を超え、社内LAN(本社・拠点内)よりもインターネットやSaaSへの直接アクセスがトラフィックの過半数を占めている。
2 Microsoft 365やZoom等のSaaS利用に伴い、データセンターの境界ファイアウォールやプロキシサーバーのCPU使用率が定常的に70%を超え、遅延が発生している。
3 国内外の拠点間通信において、専用線(IP-VPN等)の帯域不足や高額な回線コストが課題となっており、安価なインターネット回線とSD-WANを組み合わせたハイブリッドWANへの切り替えを検討している。
4 社外から社内オンプレミス環境やプライベートクラウドへのアクセスに、未だ従来の暗号化のみを目的としたIPsec/SSL-VPNを使用しており、接続元デバイスのポスチャ(セキュリティ状態)検査をしていない。
5 従業員が個人のアカウントでChatGPT、Googleドライブ、Notionなどの未許可SaaS(シャドーIT)を利用するのを防止・制御するためのCASBが導入されていない。
6 社外で利用するPCやモバイル端末のWebトラフィックを保護するためのクラウド型SWGが未導入であり、ローカルブレイクアウト時のエンドポイントのマルウェア感染リスクに即座に対処できない。
7 拠点ごとに設置されたファイアウォール機器のファームウェア適用や、セキュリティポリシーの設定・変更が個別管理になっており、全社一括でガバナンスを効かせるFWaaSが必要とされている。
8 セキュリティ対策製品(SWG、CASB、ZTNA)と、ネットワーク接続製品(SD-WAN、ルーター)がそれぞれ異なるベンダーで構成され、管理コンソールが乱立して運用負荷が高まっている。
9 業務委託先などの外部ベンダーや個人所有端末(BYOD)に対して、アクセスするアプリケーション(SaaSやWebアプリ)単位での認可制御(ZTNA)ができず、ネットワーク全体のアクセス権限を与えてしまっている。
10 現在進めているクラウド移行プロジェクトにおいて、本社をハブとしない「Zero Trust」のネットワークセキュリティアーキテクチャの標準策定が急務となっている。

適合度スコア判定と次のステップへの接続ロードマップ

回答の合計点数に基づいて、自社のSASE導入適合度(緊急度)を以下の3ステージに分類します。前セクションで詳述した導入ロードマップ(フェーズ1〜フェーズ3)と組み合わせ、すぐに現状分析およびPoC(概念実証)のフェーズへ進んでください。

【15点〜20点】緊急導入ステージ(SASEフルスタック導入推奨)

現在の境界防御ネットワークは既に機能不全に陥っており、パフォーマンス遅延とセキュリティ侵害リスクが同時に表面化している非常に危険な状態です。早急にネットワークとセキュリティを統合する「SASE」のアプローチが必要です。

  • 推奨アクション:ロードマップの最優先フェーズ(フェーズ3「ネットワーク・セキュリティ完全統合」)を目指し、Palo Alto NetworksのPrisma AccessやCisco SASEソリューションなど、SD-WANとSSE双方を単一ベンダー、もしくは密にAPI連携可能なマルチベンダー構成で製品選定(RFI/RFP作成)を開始してください。

【8点〜14点】セキュリティ優先ステージ(SSE先行導入推奨)

クラウド移行に伴うトラフィックの増加や、リモートアクセスにおけるVPN脆弱性のリスクが顕在化しつつありますが、WANネットワーク全体の構成変更にはまだ時間的な猶予があります。

  • 推奨アクション:まずはセキュリティ機能のクラウド集約化を図るため、ロードマップのフェーズ2(「SSE先行導入」)を選択します。Zscaler(ZIA/ZPA)やNetskopeなどのクラウド型セキュリティプラットフォームを先行導入し、SWG、CASB、およびZTNAによる社外アクセス保護とシャドーITの可視化を3〜6か月以内に完了させてください。

【0点〜7点】可視化・部分検証ステージ(部分移行・PoC準備)

現時点では専用線の帯域にも余裕があり、既存のオンプレミス型セキュリティ機器で最低限のガバナンスが維持できていますが、今後のビジネス拡大やクラウドシフトに伴い、段階的な破綻が予想されます。

  • 推奨アクション:ロードマップのフェーズ1(「PoC・部分導入」)として、まずは現在のシャドーITの利用実態を把握するためのアセスメント(ログ分析によるCASB無償試用など)や、脆弱性が懸念される特定のレガシーVPN環境のZTNAへの部分的な置き換えから着手し、本格的なSASE導入の予算取りと要件定義を進めてください。

よくある質問(FAQ)

Q. SASE(セキュア・アクセス・サービス・エッジ)とは何ですか?

A. SASEとは、ネットワーク制御(SD-WAN)と複数のクラウドセキュリティ機能を一つのクラウドサービスに一元化するシステム構成モデルです。テレワークやクラウド普及に伴う「VPNの回線逼迫」と、IT部門が検知できない「シャドーITによるセキュリティリスク」という二律背反の課題を同時に解決します。

Q. SASEとSSE、従来型VPNの違いは何ですか?

A. SASEがネットワーク機能とセキュリティ機能の双方を統合しているのに対し、SSEはセキュリティ機能(SWG/CASB/ZTNA等)のみに特化したものです。また、社内ネットワークの境界を守る従来型VPNとは異なり、SASEはクラウド上にセキュリティ境界を設けてすべての通信を一元管理する点に根本的な違いがあります。

Q. SASEを導入する手順やロードマップはどうすればよいですか?

A. まずは既存環境のアセスメントを行い、VPNの代替となる「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス)」からスモールスタートするのが現実的です。その後、管理コスト(TCO)や運用負荷を考慮しながら、国内・グローバルの各拠点へ段階的にSD-WANを統合し、シングルまたはマルチベンダーの選定を進めます。

監修者プロフィール
近本 彰

近本 彰

大手ITコンサルティングファームにて企業のDX推進に従事。 その後、上場企業やスタートアップにてテクノロジーを活用した新規事業を複数立ち上げ。 現在はIT・テクノロジー系メディア「TechShift」を運営し、最新テクノロジーをわかりやすく解説している。

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